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酒と音楽が好きなゲイのブログ

湿った夏の始まり

夢の中で問われている。本当の幸せとか愛とかについて。いつも答えられないまま夢は終わるけど、起きた時にきっと真面目なおれはなんとなくそこらへんの言葉を拾ってそれとなく模範解答に近い回答をするだろうと思う。もちろん誰かを理不尽に傷つけながら。案の定無意識に。
自分がなんの病気なのかは忘れたけど、東京に来てから病院に行くのをやめたし、薬もやめた。1日が早くすぎるような感覚が続いていて、1人だけ1週間先の世界を生きている気がした。実際は2.3日の間のことがとっくの昔に感じられる。そんなに生き急いでどこに行きたいのかもわからないまま、走り続けるだけの毎日が続いていた。休むことなく。本当の幸せとか愛とかについて考えれば考えるほどバカらしくなって、文壇を遠ざけるようになった。目の前にある酒やタバコを追いかけて、手が届く範囲の小さな罪を犯している。最近のことのように感じられることだけど、きっと過去からそういうことをし続けている。自分の中にもう1人の自分がいて、実際の存在するところの自分は見ないようにしているだけなんだと客観的に、ある時気がついたけど、その頃にはもう遅くて、おれの心は真っ黒だった。汚れてしまったものを何度も洗おうとしたけど手遅れで、全然綺麗にならないソウルジェムは関わっていても時間を浪費するだけなので、走り続けるだけの毎日のどこかにそっと置いてきて、今は遠い遠い道のりの途中にある。もう取りに行くことはできない。すなわち空っぽになった傀儡のようなおれは疲れも忘れてひたすら前だけを見ていた。心の中に降っていた雨や長いトンネルは今はなくて、まっさらな更地、砂漠のような場所、炎天下を汗も流さずに直向きに走り続けている。何も感じなくなった世界ではアルコールで出来た川が流れていた。その川で顔を洗い、喉を潤し、また走り続けるのだ。
幾度となく訪れる、こんなことをしていてごめんなさいという感情。お母さんごめんなさいという気持ちはあまりにも数が多すぎて謝りきれなくなってしまった。それまではそこいらに散らばっていた言葉の破片も在庫が尽きてしまったようで、砂をすくい取るような感覚が目の前を通り過ぎた。言葉が溢れてたまらないから書いていたブログも言葉が溢れなくなった今は枯渇したキャンバスで何も描くことはできなくて、ただのインターネットの一部になっていた。誰かが覗くことを実は望んでいたし、誰かに何かを言ってもらえることを待っていたことを改めて気づくが、それも数分、数秒のことで、その時が経ってしまえば手の届く範囲のことしかできなくて笑えるし、情けないとも思う。どんなに喚いてのたうち回ってもこの場を離れることがなければ、誰かが助けていてくれていたけれど、本当の本当の自分は誰にもわからないことだし、自分で解決するしかないわけで、でもそんな気力もないからアルコールの川で水浴びをしたりして見て見ぬ振りをする演技を延々と繰り返して今日になる。素知らぬ顔で健全な毎日を演じているが犯した事実は決して消えることはない。誰かが見ているし、巻き込まれた人たちはきっと一生忘れない。輝かしいことだけをInstagramに刻んでいても、実際のところソウルジェムは真っ黒だったし、心は遠くに置いてきてしまった以上救いようがない。エニエスロビーでCP9がニコロビンに接触した時のように、どこかで今の現実が終わる時がくる。そうなった時に体を張って助けにきてくれる人がいるのかどうかはわからない。脳はとうに溶けているから。2018年25歳になる年の湿った夏の始まりは、今日この瞬間、開幕された。