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酒と音楽が好きなゲイのブログ

スローガン

あれだけ大好きだった東京という街がいつのまにかそれほどでもなくなっていた。大阪が安心して住める場所だと様々な登場人物によって、塗りたくられていく。いつの間にかこの街はカラフルになっていた。東京に住む利点は友達が多いことと、すぐに家族に会えるということだけだった。(家族?だなんて笑えるね)自分が23年かけて作り上げてきた関係が静かに重たく居座っている。まるで岩のような形をしたそれに細い糸で結ばれるようにして、なんとなく動けなくなっていた過去のことを思い出すと懐かしい。単純に居心地がいいだけだった。一方大阪では1年半という時間をかけて即席に似た関係を急いで作った。あまりにも急いで作った、それは、松乃家のカツ丼みたいな見た目をしている。おれはそれを拒むことなく受け入れてかきこんだ。正直今更になっては街の色なんてどうでもよかった。酒と音楽とタバコがあればどこでもやり直せる気がする。今なら空を1人で歩いていても満足した生活を送れると思う。

11月になった。今年もあと2ヶ月ですねえ、という発言がテレビのニュースで悪目立ちする。おれが住んでいる街の気候は温暖で、まだ半袖でも歩けるようだった。10月の間は誕生日を祝ってもらったり、有馬温泉に行ったり、北海道旅行をしたりした。ただ、なんとなく過ぎていく毎日では刺激がないと灰になってしまう気がして怖い。友達もお金も出し惜しみしたくなかった。だからこそ、今できることや今したいことを思い立ったその時にそれぞれがそれぞれの思想を持って行動した。手も足も、働くためにあるなんて思いたくなかった。遊ぶ金欲しさになんとか働くだけの力があれば十分だった。暇をつぶすために、村上春樹の本を買ってサブウェイでサンドイッチを食べながら読んだ。飽き性のおれが唯一集中できる時間が心斎橋商店街のサブウェイにはあった。定期的に心斎橋のブックオフに行っては、本を買って、ここで同じことをする。不意に外界と関わりたくなくなると、携帯電話を機内モードにして、外との通信を遮断して過ごした。曖昧な感情での恋愛ごっこはとても楽しいけれど、毎日毎日少しずつ自分のどこかが失われていく気がした。まとまらない思考。真っ白な部屋で1人あぐらをかいて壁を見つめるような感覚が深夜になると必ずくる。誰かの優しさに触れたくて、手を伸ばす。手を伸ばした先には意味がないセックスがあるだけで、それは心底気持ちがいいことのように見えて、ただただ無意味だった。自分の部屋でじっとしてられないのはみんな同じなようでお金がある限り外で時間を過ごした。何をしてもよかった。誰に会ってもよかった。ある時、鬱の症状がいきなり出てくる。悲しくてたまらない。誰かに大丈夫って言ってもらわないと、自分を見失ってしまいそうで怖かった。でもそんなことをしてくれる人はいなかった。朝が来るたびに会社に行く準備をする。鏡を見ては、今日もかわいいから大丈夫だよって自分に言い聞かせている。そうしないと、ブサイク過ぎて死にたくなってしまう。やるしかないんだよ、生きることを選んだんだったらね。そして、今日ももっと美形で痩せていればよかった、なんてことを考えている。おれはただ好きな人に会いたいだけ。好きな人には大抵彼氏がいた。彼氏と過ごしている間は帰ってこないLINE。同じような病気の友達と電話をしたりLINEをして時間を潰した。誰かとつながっていないと寂しくてたまらないなんて、本当にバカみたいだけど、どうやっても否定できない。明日やることの予定がないと、何をしていいのかわからない。眠ることは好きだけど、得意じゃない。誰かを愛することも不器用だし、いつだって言葉を暴力に変えてしまう天才のおれはひたすらに知らない誰かを傷つけて、心に鍵をかけて知らんぷりをしている。なんて残酷で醜いんだろうと思う。親が見たら泣くぞ、これ。幸せになりたいとか彼氏が欲しいとか、そういうことを言っていた自分はどこかに行ってしまったらしかったし、忘れてしまった。どうでもいいことの方が世の中には多過ぎて、みんな意味づけをしたりしない。そんなことをしてるのはおれだけだった。愛して欲しい、好きになって欲しいとは言わないけど、おれといる時だけはおれのことを見つめていて欲しいよ。