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酒と音楽が好きなゲイのブログ

コンクリートジャングル

13日の水曜日はノー残業デーだった。うちの会社はノー残業デーをノー残業DAYと書き、その旨のメールをわざわざ社内のすべての人間に送ってくるので念押しが強いと感じる。しかし、現実はほとんどの人間が帰れずに今日も夜景の一部になっていた。おれはさっさとずらかるつもりだったのに、上司に今日何かある?と聞かれて嫌な予感が走った。実際それは的中して飲みに連れて行かれることになる。誘ってきたのは向こう側だというのにもかかわらず、どこいく?なに食べたい?と聞いてくるのがつらかった。気を使ってもらっている。優しいという感情を追い越して、やめてくれという気持ちになった。おれは年上の人に質問されるのが苦手なのだと社会人になってようやく気がついた。おっさん。と呼ばれる連中の生きてきた時代における選択肢や決断する力は絶大なものを帯びていて、おれのようななんでも手に入る時代を生きてきた人は途方にくれるのが目に見えている。簡単にすると、連中の質問の回答に沿うような受け答えができない。なにがコミュ力なのかはわからないけれど、入社前、それを備えていると思っていたおれは入社後になって、全く備わっていないのだと痛感した。
魚が食べたい、というおれの要望はともかく、小さいおばちゃんが営んでいる居酒屋に入り、ビールをすすった。相も変わらず、内容は仕事の話に尽きる。終始考えながら回答しなくてはいけなくて、アルコールが全然体に馴染まなかった。お前の目標は〜〜と勝手におれの目標を設定され、今やるべきこと云々を延々と聞き、働くとはなんなのだろうと思いながら、酸っぱすぎるレモンサワーを飲んでいた。おれもおれで上司が食いつくような、喜ぶようなことを平気な顔でしゃべり、時間が過ぎるのを待った。アルバイトのとき感じていた、別に売り上げがどうのとかはおれには関係ないという感覚が社会では通用しない、これは当たり前のことだけど、今のおれにはまだその感覚が残っていて、売り上げをあげる、給料をもらう、という感覚が全くもって鈍い。毎日ただただ、17:30になるのを待ち続けているだけだ。どうにかして、楽しいという感情に到達できることを願うのは無意味だ。プラダを着た悪魔を見て、革靴を履いて、会社に行くしかないのが、今である。