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酒と音楽が好きなゲイのブログ

ドラマチック社会人生活

体重が65キロ手前まで増えていました。衝撃的すぎて言葉を失い、それでも会社に向かった。
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さて、社会人になってから早くも1週間が経過した頃。今まで大人に飲みに行こうと誘っても金曜か土曜にしてほしいと言われた意味がなんとなくわかってきた。学生と社会人の違いなんて、そんなにないだろう、私は大丈夫と、たかを括って挑んだ社会人生活は最初から心にマグニチュード6.5の揺れを観測、ヒビが入った。よろしかったでしょうかという日本語が間違っていること、参考にしますと言ってはいけないこと、ペン回しをしてはいけないこと。くだらないことを1から教えられる研修の中で、退屈しないために週末になったら何をしよう、何を食べよう、どんなつまみをつつきながらお酒を飲もうか、ということばかり考えていた。仕事が始まったら少しは楽しくなるのかもしれないけど、それはどうやらまだ先のことらしい。仕事は与えられるのではなく、自分で見つけるものだとしばしば言われるけれど、まさにその通りだと思う。けれど研修中の身というのは酷なもので仕事を探して取り掛かれるという状況ですらない。みんなで揃ってワイワイ座学を、社会を学ぼうというものだからだ。すなわち、それは鳥かごのなかに閉じ込められているイメージで、退屈で尚且つ息苦しい。そう、息苦しいのである。とてつもなく。そこで、他の同期が息苦しさを感じていない節があることに気がついてきた。みんな今の状況を、ワクワクと不安を味わっている。共有している。そこにおれは笑顔で座っていられるほどおとなしくないということを思い出した。
大学生は集団生活とか集団行動が極力排除された4年間だと思う。せめていうのなら、研究室やゼミといった類のものだ。けれど、基本は拠点がないから自由だし、1人や少人数で行動するのがオーソドックスだ。そこで、思ったのは、もう少し時空を遡ると高校生や中学生は集団行動、集団生活の象徴であったこと。同時におれは思い出した。自分が集団行動が苦手だということを。自分が集団生活が苦手であるということを。
結論として、社会での生活は組織単位で動くため、集団なのである。なんてことだ。そんなことに気がつきもせず就職活動をしていた。この1週間、同期と行動を共にすることはおれの中では苦痛でしかなかった。息苦しかった。お昼ご飯は1人で食べたい。好きな時にトイレに行きたい。行動を制限された生活は恐ろしく退屈でおれのアイデンティティが死んでいくのが感じられた。兎にも角にも、私には社会性がないということを自覚した1週間だった。社会人生活このままやっていける気がしない。