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酒と音楽が好きなゲイのブログ

マイメロディは死んだ

夏に入る前に夏っぽい音楽が聞きたいと思い、友人に頼んでandymoriの聞いていないCDを何枚か焼いてもらって聞き感傷に浸った。しかし、そんな日常は一週間ほどで終わった。好きな音楽を聴く時間とご飯を食べている時間と好きな人といる時間だけは大事にしたいはずなのに、就活やそれに伴う結果にメンタルをつつかれ全ては灰に帰した。
外に出て、いつだって笑顔でいつだっておしゃべりでいるのは周りに負の感情を伝染させたくないからだ。いじられ役になったってなんだっていい。だって、面白ければそれが希望になるし、正義だと思うから。無理にでも笑って、周りが茶化して場が明るくなれば今自分が抱いている暗くて雨が降りそうな部分も晴れるのではないかと思える。
夏の大三角形のごとく、毎年恒例の金曜ロードショージブリは今年に限って、マイナーな作品が選ばれていたので驚いたが、インターネットでは誰も興味関心を抱いていなかったようなので黙って拝見することにした。火垂るの墓に関しては胸が痛くなるので見るのはやめたが、おもひでぽろぽろに関しては季節のコントラストが美しくなおかつ懐かしくて暖かくて寂しいので最高であった。もちろんカットされている部分もあるとおもう。それにしても過去と現在を描き、過去では冬を現在では夏を描くという両路線での物語の進行に感動した。その、サウナに入り水風呂に入るを繰り返しているような快楽はジブリ作品の中でも、これだけである気がするし、同時に子供が見ても分かりにくい作品であるとも思う。
昭和の街並みや生活様式はいつだって、ダサくて美しいものだ。どうしてこんなにも花柄ばっかなんだろうって思ったりもするし、不便な時代だなって見ていて感じる部分もあるけれど、その全てが暖かく、ただいまと言いたくなるようなのはどうしてなんだろう。それでいて、懐かしいと寂しいが同居しているので見ていてとても辛いのだ。TwitterもパソコンもFacebookもない時代。今よりはるかに物が少ないけれど、そこには人と人の間に暖かい物が存在していた。TwitterFacebookもなければ、互いに苦しむことなんてないし、誰かを監視し続ける必要もない。今あなたが見ているTwitterでのリプライのやり取りは虚像にしか過ぎないのだと何度も自分に言い聞かせる。実際会う前に仲良くなることができる時代がとても怖い世界だと思う。何もなくてもいいなって思えるなら、まだ人間に愛想つかせてないんだと感じる。
今日も今日とて1日が終わる。ご飯を食べてお風呂に入って、起きたらまたやることやろう。お金を稼いで、酒を飲み、人と会い、傷ついたら散財しよう。それが21世紀のやり方だと信じている。