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酒と音楽が好きなゲイのブログ

椎名林檎 『日出処』についての駄文

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2015年になってからもうすぐ一ヶ月が経とうとしている。人々の生活が炭酸のジュースの炭酸が抜けるようにして、年末年始の気分から徐々に元に戻りつつある光景がそこにはある。1限の補講だけ受け、帰宅途中、新宿駅では空から白くて冷たいものが降り注いでいた。新宿は豪雨ならぬ新宿は粉雪。そういえば最近、昨年の11/5に発売された椎名林檎のアルバムをTSUTAYAで借りた。ジャケットの林檎の髪型とかなんか他にもカラーリングが気に入らなかったので、買わなくていいなと思った。椎名林檎はおれの中の音楽史においても重要な登場人物の1人であることは確かで、その影響力は絶大である。このことについて言及すると長くなるので今回は割愛。

人々の手に触れることができるようになってから、早くも2ヶ月以上が経過している。おれが聞くのに何故それほどまでの時間を要したかと言えば、おれは発売してすぐ飛びつく行為が嫌いだからである。それもこれもミーハーが嫌いだからであって、その時の熱が、例えばその作品が駄作であっても良いものと錯覚してしまう可能性が高いからである。勿論、他者の意見に左右される可能性があるなら意見を述べることはしないに越したことはない。おれはそこまで意思が弱いわけではないとは自負しているが、念のためということで保険をかけさせてもらって、熱や興奮が冷めた時に見たり聞いたりしている。村上春樹1Q84然りである。

そうして手に取ったのが椎名林檎『日出処』であるわけだが、単刀直入に申して素晴らしい作品であった。元来こういうことをするのは好きではないが、あまりに素晴らしいと感じたため、これまた熱が冷めないうちに文章に起こそうと思った。最初に述べておくと、これはあくまで一個人の感想であって、他者に喧嘩をふっかけたりするものでは決してないことであることを明示する。

ここまでの文面が変に神経質な感じがするので、気を緩めて柔らかく書いていこうと思う。おれがこのアルバムを早いうちに聞かなかった理由がもう一つあって、それは既にあらゆる形ではあるがリリースされた曲数が多いという点。既出曲が多いとアルバムを通して聞いたときに、『あ、これ知ってる』という感覚に陥ることが多い。これは本当に人間の仕方がないところではあるが、既出感というのはどう足掻いても拭えない。鮮度というのは時が経てば経つほど、何においても落ちていくのだとわかる。そうして生まれた既出感たっぷりのアルバムは世間でもあまり良い評価を受けない。事実、音楽家が再録するわけでもないわけでそのままあるものを詰めたオリジン弁当のようなものの確率のが高い。それに対して、リスナーは真摯な意見をいつだって添えている。熱気に追い込まれたファンだけが素晴らしい素晴らしいと評価している。その感想は実に健気である。しかし、今回の椎名林檎『日出処』では不思議なことに既出感というものが全く感じられない。それだけ統一感のない(三文ゴシップと比較したら)曲の集まりであるというのが一つの原因かもしれない。逆に今までの椎名林檎を表す縮図のようにも感じられる。それにつけてもこれだけ既出した曲が鮮度を落とすことなく時を超えて手元に届くというのは大変違和感である。勿論いい意味で。先にリリースされた曲は『自由へ道連れ』、『孤独のあかつき』、『いろはにほへと』、『NIPPON』、『カーネーション』、『ありあまる富』。ありあまる富に関してはおれが高校生の時に発表された曲だ。どういうことかわかるだろう。これらが全て色あせることなく耳に心地いいとはどういうことか。一つはスピード感であると思う。椎名林檎東京事変では珍しくない、間髪入れずに次の曲が始まるという方法。もう一つはアルバムのみに収録されている曲が他の曲と喧嘩することなく自然に近い姿で同居しているところであろうか。生楽器の音を殺すことなく、いつものようにノイズも確かに存在している。そこには何も疑問を持たない。というより、自然すぎて気づくことすらできない。これは椎名林檎のアルバムの中でもかなり懊悩して作られた作品であるだろう。(そもそも椎名林檎は作品を作るにあたってはかなりストイックであり、妥協を許さない人だと思う)歌詞を読むだけでも何度思考を巡らせたであろうかと思う。椎名林檎以外に、これほどまでに日常会話で使うことない単語、言葉言葉に生を吹き込むことができたであろうか。その葛藤したであろう風景を少なからず感じ取ることができた。そして、やっと落ち着いたのか、途端にスピードを落として現れる『カーネーション』。ここまでの怒涛の勢いある楽曲達による嵐の風景を一瞬にしてかき消し、空を混沌とした夜に染め上げる。『ありきたりな女』のみを先行して発表した時は不安で仕方なかったのに、あの感情はどこへ行ったのか。アルバムを通して聞くことに意味がなくなっているように感じる現在の日本の音楽事情を風刺しているかにすら感じる今回の作品。アルバム全体を通して聞くことに意味があり、アルバムとして一つの大きな作品となり、一つ一つの曲もさることながら全てが主張することなく手を取り合い、清々しい姿でリスナーに届くようになっている作品であると思う。個人的には椎名林檎のアルバムの中で最も”わかりやすい”そして”聞きやすい”というのが率直な意見だ。風呂上がりのような爽快感を持っていると感じた。

とても恐ろしくあり、美しく、妖気すら感じるこの一見ありきたりな女、椎名林檎がセルフカバーアルバムを出したことに対する評価を一息吹きかけて消し去る程の大きな力を持ち、静かなる逆襲が始まったように思える。全て13曲を聴き終えた後にはあなたの心はありあまる富で満たされるだろう。どうか1度は聞いていただきたい作品である。ご覚悟。