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酒と音楽が好きなゲイのブログ

alcohol river

なんでそんなに毎日お酒飲んでるの?という質問に対して、なんでなんだろうって思ってた。

しばらく前までは酒を飲むのが好きだったっていうのが理由だったけど、最近は、これは違うなって思ってた。

わかったことは、酒を飲むと思考が停止するから飲むということ。何も考えなくて済むし、ヘラヘラしていられるからということであった。
もう、これは結構やばいところに来てしまったなと、我ながら感じている。
酒を飲んで何も考えなくて、何もかも忘れて、それでいいやってなるのは正直言って、自傷行為に近いと思う。そんでもって、アナルセックスなんかした時には二重苦である。(なんか、学理的にアナルセックスは自傷行為なんだと)
自分を痛めつけることで生きていることを実感しているとは思わないけど、それにかなり近いところまで来ているのだと感じている。

弱っている時の酒は麻薬だ。
身を滅ぼす前に、水に変えよう。

 

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2/3
相模原を車でぶっ放した日。
車を運転しながら音楽をたくさん聴いた。宇多田ヒカルaiko東京事変tofubeats、スカート、そして可愛い女の子たちの音楽。体からすーっと毒が抜けていく感じがして心地よかった。
相模湖は最高のチルスポットであり、色々なことがどうでもよくなった。会社の携帯を今すぐここで湖に投げ入れたいと、何度も思った。

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ここのところ、1人でいると急に胸が苦しくなって、向かおうと思っていた場所に辿り着けなくなったり、ご飯を食べている途中で、ふとした瞬間に帰りたくなったりすることがある。
原因は一体なんなんだって、おれもよくわかっていないけど、確実なことが2点ほど。
1つは仕事のこと、1つは恋愛のこと。

仕事は言わずもがな、忙しいかつ何もわからなくて毎日苦しんでいる。持病のめまいがいつ起きてもおかしくないと思い、薬を欠かさず飲んでいる。飲んでいてもダメな時はダメなんだけど、お守り代わりにはなると思っている。
営業は体が資本だから、体調を崩して休んだりすると、あいつはダメだ。若い奴はすぐ休む。体が弱すぎる。などと陰口を叩かれる。
そして、最後にゆとり世代はダメだと言われる。何を言ってもいいと思っているおっさんたちは若者が何も言えないと思い込んでいるからだと思う。いつ、どこで、何が起きてもいいように、お金はしっかり貯めておこうと日々思っている。

恋愛はこの前彼氏と別れたばかり。これについては特に傷つくことも少なかったけれど、やはり思うところはたくさんある。
男たちが別れ際に言うセリフって、どこかにテンプレートが載っていて、それをみんな真似しているの?と疑問に思うくらい、みんな同じことを言うから笑っちゃうね。
『出会ってから付き合うまでが短かったから』、『友達に戻った方がいい関係になれると思う』、『一緒に過ごした時間は楽しかったよ』、『きっと、お前ならすぐ新しい人できるよ』 全くもって、は???????なにそれ?????である。
結局みんな何も考えていないんだと思う。馬鹿すぎる。浅はかすぎる。舐めているとしか思えない。けど、ここでどれだけ騒いでも男達はみんな、え?何が?状態なのは明白すぎるし、こういうことを言うやつと向き合っても無駄だ。

もう、本当に、恋愛したくないところまで来ているくせに、誰かに触れたいし、触れられたいし、わかりたいし、わかってもらいたいし、愛したいし、愛されたい。目に見えるところだけではなくて、心に触れたい。そして、おれの心に触れて欲しい。冷えている部分を大事に抱きしめて、温めてくれる誰かが現れるのを待っているし、探している。

好き合うということを求めている自分がいるけれど、大人になると恋愛だけが全てじゃないから、うまく動けない。
仕事をしているときは安心するけど、家に帰って1人になると、何もできなくなる。気がつくと、トイレの前で寝ていたり、お風呂のお湯を溜めているのを忘れて浴室が水浸しになったりしていた。
誰かといる時、仕事に追われている時、怒られている時、ゲームをしている時などは何も考えなくて済むからとても楽だった。何か他に夢中になれるものを求めて、今日もトボトボと歩き続けている。

どこかで誰かに出会えることを信じながら。

 

 

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もっとちょうだい

水曜日から関東にいた。
水木と新宿で研修があり、水曜の夜は立川に住んでる友達と飲み、ゲームをして、気がついたら寝ていた。たくさん笑ってしゃべった時間があまりにも一瞬すぎて、少し寂しい。
玄関でバイバイしたあと、1人で音楽も聞かずに再び新宿へ。

木曜の研修が終わった後、新宿でホモ2人と会う。同じ大学のホモと高学歴のホモ。
新宿で生姜鍋を食べながら、ホモじゃなかったら、おれたちは出会わなかったと思うという話をおれがしてた。2人とも出身は秋田と福岡で、おれは千葉県だった。みんながみんな違う土地、違う環境で生まれ育っていて、どこかで選択肢が違かったら、新宿で生姜鍋をつつくことはなかったと強く感じ、同時に友達がいるということ、気を使わずに話せるということに安心した。

鍋を食ったあと、おれは神奈川へ。
次の日は相模原に向かうため、同じ大学のホモの家に世話になる。コンビニで酒を買って飲み直した。
朝になって、相模原へ向かう途中、どうにもこうにも彼のことを思い出してしまっては、切なくなった。彼の家に行くまでの間のおしゃべり、酒を飲みながらテレビを見て話したことなどが鮮明であり、シャツの襟を掴まれているようで、上手に歩けなかった。彼のことを好きになっているのではなく、ただ単純に人と話して、心地よかったり、楽しかったり、なにより自分が笑っている、自分が楽になれる人を望んでいるのだと気がついた。彼のことを思い出して切なくなったのは、一緒にいて楽しかったから、それに尽きる。
ここのところの辛さや悲しさや寂しさを一瞬で解決してくれるような感覚。話のテンポや2人が一緒にいる時のおれと相手しかわからない2人の雰囲気とか、リズムがあったかかった。

そこで気がついたのは、向き合うということや、わかり合うということに対して真剣になりすぎたり、考えすぎて煮詰まり過ぎていたのだということ。‪楽しかったから寂しいという感覚は、本当に楽しかったから生まれるものだということ。おれの中ではバイバイした後の寂しさは、また会いたい。また遊びたいに繋がってくる。そして、それはその人のことが単純に好きだからだと思う。けれども、最近のおれの恋愛というのは、バイバイした後、どちらかというとホッとしていた。それはなぜなんだと考えた時に、向き合うことや、わかり合うという作業において、疲れていたからだと思う。‬
‪この前別れた人は特にそうだった。それは、相手が自分の意見や主張を強く出してきていて、おれが我慢していたというのが根底にあったと最近気がついた。結果的におれの意見や主張を相手は聞いてくれていなかったと思う。お互いの意見や主張、考え方の最大公約数を数えるということをしているのはおれだけだったのだ。‬
‪最終的に、無理して向き合うことを考えたりする必要はなくて、一緒に酒飲めて、言いたいこと言えて、黙り込むよりもしゃべる時間が長くて、笑ってる時間のが長い人と一緒にいる方が幸せになれるんじゃないかなと思う。‬
‪けど今回のは、友達はあくまで友達であって、恋人ではないのである。恋人という関係は友達よりも楽じゃなくて、真剣で、温度が高い。密が詰まっている。‬

‪最終的に気がついたのは、おれは自分がたくさん笑っていられる人と一緒にいたいということだった。‬

 

https://youtu.be/TCwbRYH8z0I

 

わかり合うということ

愛し合うこと=わかり合うこと。だとばかり思っていたけど、どうやらそうでもないらしい。人の愛し方ってどこに行けば学ぶことができるのだろう。相手のことをわかろうとするにはどのような努力が必要なのかとか、そういうことって学校で教えてもらえない気がする。教えてもらっていたとしてもそれはもっと身近なところでいう相手の立場に立って物事を考えるとかそういうところだと思う。もちろんそれはわかり合うことの基本だと思う。
けれど、生活をしていると基本だけではわかり合うことはできなくて、わかり合うためには基本を活かした応用が必要なんだと気がつく。数学の練習問題をたくさん解くのも大事だけど、それだけでは入試の応用問題には太刀打ちできないのと一緒で、おれたちはもっとたくさん考えて、相手を理解しなくてはいけない。勿論同時に自分のことを知っておく必要がある。自分はどういう人間なのかということを踏まえた上で、自分の考えをどのように露出していくかが、わかり合うことの鍵になると思う。
ある時気がついたことがある。毎週ご飯を食べたり、映画を見たり、お酒を飲んだり、セックスをしたり、会社の愚痴を言い合ったり、たまには車で出かけたり、そういうことが恋愛とは思えなくなった。単純にそれは友達とでもできることだと思う。
おれがしたいのは互いの生活を思いやり、わかり合う努力を尽くすことだと気がついた。
生まれたところも、育った家庭も、通った学校も違う人とわかり合うことは難しい。とても難しい。それに、きっとみんなめんどくさいと思う。なぜなら、わかり合うためにはたくさんの言葉や時間を使わなければならないから。
それはジグソーパズルを組み立てたり、積み木を積み上げる作業に似ていると思う。
人間は思ったよりも集中力が持続しないし、飽きやすい生き物だから、そんなにたくさん言葉をかけあったり、時間を使うのを嫌う。めんどくさいと思ってしまう。冷静に考えればわかるけど、それって楽しくないと思う。なんで、わざわざ時間を割いて頭使って考えて、話し合わなきゃいけないのか?好き同士なら、一緒にいて、ご飯食べて、セックスしてハッピー!でいいじゃん!って思う人がほとんどを占めてるはずだ。でもそれはきっと長続きしない。長続きして、絶頂に楽しい瞬間に結婚なんかしたりしちゃうかもしれないけど、同じ人と一緒に長い年月を過ごす中で、きっとどこかかで、寂しくなったり、悲しくなったりするはずだ。なんだか、空っぽな気がする。好きな人と一緒にいるはずなのに、空っぽな気がする。そう思う瞬間が少なからずくると、おれは思っていて、それはなぜなら、互いに互いをわかり合うということをサボってきた。もしくはめんどくさいから、後回しにしてきたからだと思う。おれはゲイだから、男と女は違う生き物という観点において、ここで書くつもりはない。だからこそ、同じ人を好きになる生き物という観点で見ると、多くの人は、”伝わっていた”と勘違いをしていることがある。そう言ったつもりだった。そう言ったつもりじゃなかった。伝わっていると思っていた。何も言わないから、大丈夫だと思っていた。こういった勘違いは徐々に後から効いてくる。確実にお互いの関係にヒビを入れてくる。
世間ではいきなり離婚を突きつけられた、いきなり妻が(夫が)家を出ていった。などという話を少なからず聞く。
ここでよく考えてほしいのは、”いきなり”と決めつけていることである。いきなりとはなんなのか?果たして、本当にいきなりなのか?徐々にヒビが入ったいた瞬間を無視していた、もしくは気がついていなかっただけなのではないか?そして、いきなりと使う人は自分が悪くないと思っている人がほとんどというのもこれまた事実だ。何か、アクションが起きて初めて気がつくのでは遅い。わかり合うことに努力をしなかったら、確実に終わりはくる。子供がいようがなんだろうが、終わりはくる。終わりがこない関係を、おれたちは上手くいっていると勘違いをしないでほしい。それは、どちらかが”我慢”をしているだけです。ここにおける我慢とは、わかり合うことを”諦めた”ということに近い。どうせ言ってもわかってもらえない、言ったところで何かが変わるとは思えない。こうなってしまったのもまた、互いを思いやることに対して努力をサボった結果だと思う。(中には最初からわかり合うことを諦めている人もいるが、それについては今回は言及しない)
残念ながらおれたちには互いを理解しあう手段は言葉を交わすことくらいしかない。だからこそ、時間をかけて考えて、対話をしなくてはいけない。
本来、恋愛とは他人と他人が付き合うということ、つまりはお互いをお互いをどう思いやり、どういう言葉を重ねて、どういった方法で理解し合うか。わかり合うことに努力を尽くすことができるのか。というところにあると思う。一緒にご飯食べて楽しい、セックスして楽しい、それでもいいと思うが、お互いをわかり合う努力をしなかったら、付き合っても長続きしない。もしくはどこかで必ず終わりがくると思う。
わかり合うということはかなりしんどいし、つらいことだ。楽しいとは遠距離にあると思う。けれど、それができないのであれば安易に恋愛などしないことだ。確実に相手を傷つけると思う。
だから、おれはたくさんの言葉を使って、恋人のことを理解し、わかり合う努力をする。論点は、分かり合えるか分かり合えないか、ではなく、わかり合う為に向き合えるか向き合えないか。だと思っている。

 

flower

年末年始の休みは千葉で過ごした。

12/28
年内最後の出勤日を終える。
大掃除の後で、会議室に集まり寿司とピザを食べながら、ビールを飲んだ。
帰りに彼氏にマフラーを買って帰った。

 

12/29〜31
地元である千葉県は東の方で、バンドメンバー、元バイト先の人たち、高校の友達や先輩、そして弟と酒をたらふく飲んだ。

弟は8月に20歳になった。
初めて家以外で酒を飲んだけど、たくさん食べるし、たくさん飲むので、若くて元気があっていいと思った。こんなことは年に何回もないので、好きなだけ食べさせて、好きなだけ飲ませてやった。2人して泥酔して帰宅し、なんとか実家の年越し蕎麦には間に合った。

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1/1
2017年の幕開けである。

 

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前日の紅白歌合戦椎名林檎を見て号泣したことは覚えているが、それ以外はあやふや。

実家ではおせちという概念がなく、のっけから大量の餃子が出てくる。その後、お重が出てきた。中には伊達巻とかまぼこと生ハム。え?生ハム?って思ったけど、これはおれがワインを飲むので母の気を利かせた行動であった。あと、きんぴらごぼうも入っていた。
弟は餃子とビールを少し飲んでバイトに行ってしまった。
おれは父とビール、ワイン、日本酒を飲み、政治や仕事の話をした。
この人が死んだら遺骨を沼にばら撒いてやるって思ってた。それくらい仲が悪い父と子だったけれど、おれが家を出てからはなんとなく仲がいい。おれも緊張しないで話をすることができ、いい正月を過ごした。
母は餅を永遠に食っていた。

 

1/2
大好きな友達と着物で出かける。
正直、この日を最も楽しみに仕事を頑張っていた。
頑張った甲斐もあり、盛大に楽しんだ。
初詣の列に並びながら、仕事や恋愛の話をするのは最高だった。
今年は厄年なので、特に色んなことに注意していきたいと思う。
仕事、恋愛、健康、どれにも厄が当たって欲しくない。しかし、思い返せば、前厄である2016年はというと、、、
仕事→大阪に配属。
恋愛→恋人に裏切られる。
健康→性病になり、手術。

だったので、本厄にかなりの怯えを抱いた。

おみくじは小吉だった。

 

1/3
帰りの飛行機が遅れて憤慨。
飛行機でスタバのポテトチップスを食べる女がいたけど、逆にそれオシャレじゃないと思った。

 

1/5
仕事始め。
2キロ以上を歩きながら挨拶回りをした。
1月から一気に20社以上のユーザーを持つため気合を入れていきたい。
ノロウイルス、インフルエンザには特に注意したい。あれ?おれここまで仕事好きだったっけ?

 

 

1/6
男7人でプレマシーに乗り、すし詰め状態のまま年始挨拶回り。

 

 

1/7
京都鉄道博物館、ならびに京都水族館へ。

 

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今の恋人。大変ハッピーアワーに近いところにいる人だと思う。会話をしているだけなのに、どうしてこんなにスリルがあって、苦しいのだろうか。わからない。鉄道博物館も水族館も楽しかったけど、それ以上に恋人とたくさん話をした時間が密に密すぎて、情報があまり入ってこなかった。恋人と過ごす日々は楽しいし、充実しているはずなのに、どこか悲しくて、寂しいのはなんでなんたろう。どこかが空っぽで、すきま風が吹いているような感じがする。
おれたちは、どこのホモカップルよりもたくさんの言葉を使い、重ねていると思う。それでも、どこかが空っぽな気がする。
それは会う回数が問題?セックスの頻度が問題?もっと、肌を交えれば解決すること?わからなくて毎日考えてる。
よく独り身のサラリーマンが言う。
仕事に行って、帰ってきて、飯を食って、風呂に入って、酒を飲んで、寝る。一見、毎日が充実しているように見えるけど、何かが足りない。何かが足りなくて、毎日寂しい。
それに少し似ている。
もっとたくさん向き合う時間が必要なら向き合うけれど、今、かなり面と向かって向き合い、本気で会話をしている。今以上に向き合うためにはどうすればいいのかを考える日々が続いている。

 

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紅の丘で

12/17
ネットで調べたら大阪でハッピーアワーがやっているということで、急遽ハッピーアワーを見に行く。
ハッピーアワー、一言では語れない映画だった。語り始めるとキリがない。
人と関わること、人を好きでい続けること、言葉でやり取りをする重要性。コミュニケーションの取り方。そして、人を思いやること。いろんなことが詰め込まれていた映画だった。
5時間17分の上映時間があっという間だった。ただ、会話をしているだけなのにとても緊張感があって、目が離せなかった。本当に。

 

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12/18
大人の男とデート。
前日のハッピーアワーの威力が強烈だったので、何も考えなくても観れるものが見たいと思い、ハリーポッターのスピンオフ映画を見る。本当に何も考えなくて見れる映画だった。魔法を使ったアクションは映画館で見ると迫力があって楽しかった。
久しぶりに1日デートをしたら疲れた。
やはり、おれはデートは2時間が限界。
本当に大好きな人となら、何時間でも一緒にいれるのに、わがままな人間だなと思った。

一人になるとハッピーアワーのことを考えてしまい、家に帰ってもハッピーアワーのことだけを考えてしまっていた。

 

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12/22
東京で研修。
一日中、同期同士で言葉を使ってお互いの見えない部分や見たくない部分を探り、疑問を投げかけ、回答するワークショップのようなもの。
ハッピーアワーを見たことによって、おれが発言するたび、おれが質問するたびに場が凍る。みんなが予期せぬ質問に困惑していた。本当に考えた上で投げかける言葉の破壊力を試している自分がいて、嫌なやつだなと客観的に思ったが、これが本来の会話なのかもしれないとも感じた。

夜は学生時代働いていたバイト先でご飯を食べる。しめ鯖、ほうれん草とベーコンのソテー、焼酎、白ワイン、ハイボールなどを飲み食べした。ほうれん草は甘くて本当に美味しかった。久しぶりに顔を出しただけなのに、ご馳走してくれた。

そのあとは弟のバイト先のコンビニでビールを買って帰った。

 

12/23
大学の研究室の忘年会。
研究室の歴史は浅いので集まった人数は少なかったが、先輩や後輩と色々な話ができてよかった。こうやって、帰れる場所があることはいいことだと思った。友達の少ない学生時代だったし、もう大学の人とは会わないと思っていたから、とても不思議だった。

 

 

鉄の世界

12/8
支店の忘年会。
1人二万円の高級中華を食べる。
フカヒレ、ウニ、アワビ、ズワイガニなどがテーブルに並ぶ。どれもこれも味が薄くて酒のつまみにはならなかった。瓶ビールをずっと飲んで、二次会に連れて行かれないように逃げるように帰った。
帰りに一緒になった同じ課の先輩と小さな餃子屋さんで飲み直していい気分になった。


12/11
元彼と会う。
前回の記事でも書いたが、どんな人とデートしても元彼を思い出していた。比べていたわけではないけれど、やはり彼がおれの中で最強であることには変わりはなかった。
今でも本当にそうなのか、彼ともう一度会って、それでも好きならば、過去のことを許せるならば、もう一度彼と道を歩もうと思い、自分の気持ちを確かめるためにも会った。
周りの友達には生産性がないと呆れられたけど、おれにとってはもう一度確かめる必要があった。
結果から言うと、おれはもう彼のことを好きではなかった。思い出はいつも綺麗で、キラキラしている。けれど、それはあくまで思い出なのだと思った。彼のことを好きだったのは本当だし、歴代のどんな彼氏よりも好きだったけど、一度終わってしまったものは戻らないのだと、改めて思った。

どうして、言葉で伝えなくても大丈夫だと思っているのだろう。どうして目の前の自分を思っている人を大切にしないのだろう。あの時こうしていればというパターンがいくつも浮かんでは消えていく。そして、その度にもう遅いと何度も思う。どれだけ傷ついて、どれだけ呆れたのかを思い出すたびに、恋愛に対しては億劫になる。
それでも、誰かに自分のことをわかってもらいたくてたまらない。


12/12
自分で作った親子丼が美味しかった日。


12/15
姫路方面へ営業。
山がたくさんあって、いいドライブになった。


12/16
21:00くらいまで残って年賀状を作っていた。
そのあとは友達と飲みにいく。
スパークリング、ウニのパスタ、鴨のロースト、などを食べた。
久しぶりにシャンディガフを飲んだけど、いつ飲んでも舌がピリピリする。