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酒と音楽が好きなゲイのブログ

VOID

この曲を聴くと、あの時、あの瞬間、あの季節、あの気温、あの匂いって思い出すことがある。気がつかないうちに、その時よく聞いていた曲を思い出の栞にしていた自分に虚しくなるし、笑えてくる。

 


もうオモテを半袖ではとっくに歩くことができなくなってしまった。コートを着て、電車に乗り、イヤホンを耳に当て、曲を流した瞬間、そんなことを思ったから、2ヶ月ぶりに筆を取ることにした。

 


9月は恐らく寂しかったんだと思う。8月に好きだった人と何回目かのデートで何気なくカラオケに入って、キスをしてしまって以降、その人とはなんとなく連絡を取ることがなくなって疎遠になった。それからしばらくして、9月になって、いつものように前触れもなくアプリで知り合った男とデートをして、対して面白くもない会話に耳を傾けるふりをする為にタバコに火をつけて口を塞いだ。そのうち、色々めんどくさくなってセックスするようになると、いつものように自分がとんと惨めに感じた。

 


一緒にお酒を飲めるから、この人とはただなんとなく会うけど、この人の好意に真剣に向き合えないくせに、贅沢な人間だと自分を罵ったこともあったし、他人が自分に時間を費やしてくれているんだから、なんとかいいところを見つけて好意に応対しないと、と鼓舞している自分もどこかにいた。

全てが真実のように感じるし、全てが妄想かもしれないように感じる。夏の終わりに自分が何を思っていたのかなんて、今考えてみたらわからないことの方が多かった。

ただ、もう恋愛のことはしばらく置き去りにして、どこか遠くへ行ってしまいたいと思う気持ちがそこにあったのは、確かに覚えてる。たしかに。

 


その時何を思っていたかとか何を考えていたかとか、感覚や空気、匂いや温度を記録していたかった。だから、文章をちまちまと書いては時たま読み返していた。大抵の自分の文章は繰り返しの作業をひたすらしているように思えた。2015年の10月も2016年の10月も同じようなことを考えて、同じような出来事に直面していた。それはきっと、同じ季節になるたびに、同じような出来事に直面するのではなく、同じような出来事を自ら呼び込み、遭遇するように、知らないうちに行動していただけなのだと思う。ただ、その時々で自分以外の自分の周りの登場人物が変わっているだけだった。そんなことに気がついてしまったら、あと数十年、きっと同じことを繰り返す自分がいるのかもしれないと察して絶妙なタイミング(冬)で落ち込んだ。

たとえ、同じような出来事が同じ10月にこなくても、11月とかには来る。たまたまそれは歯車が掛け違った脳のミスだと思う。

14歳も17歳も24歳も、確実に同じ迷路を攻略しようとして、しかも、攻略したつもりで、また同じ迷路をクリアしようと同じエリアに帰ってきてる。結局、学習してない。前に進もうとして進んでいない。周りの風景がどんどん変わっていくような気がするのは自分が成長しているのではなく、周りが進んでいるだけで、自分はずっと同じ場所にいるのかもしれない。

 


社会人というものは卒業のような分かりやすいゴールがない。だからこそ、余計に怖くて仕方がない。進化しようと努力しているように見えて、進化も退化も出来ず、停滞しているだけだとしたら、わたしは。

 


end.

 

 

 

 

手紙

世の中は呪いで出来ている。誰かにかけられた呪いを背負って生きている。わたしも誰かに呪いをかけている。

いきなり秋になったその日、コートを着て出かけた。街は水飴。『透き通るように澄んだ空気』そんなのはどこにもなくて、排気ガス二酸化炭素、ゲロ臭い電車、酸素と海とガソリンとたくさんの気遣いを浪費してる世界で、ただ一人、自分が主人公の人生を編んでいた。

誰かに何かを預けることはとても楽だし、自分を見失うことはとても簡単だった。ある一定の条件を満たすことができれば、好き同士になれると勘違いしている自分がどこかにいて。けれども、その条件は更新されるということを知らない自分がいた。だからこそ、誰かを愛そうとしても失敗して相手を傷つける。どうにかしたい自分がいる一方で、今すぐこの場で何もかもをぶち壊したい自分がいる。恋愛よりも友情を取るのか、なんて質問は馬鹿げているから、問われたくないし、もちろん回答もしない。

寂しいや、悲しいという気持ちを瓶詰めにして、蓋をしてしまえば今自分がいる座標がわかりやすく現れ、コンパスが次行くべき方向を指し示してくれる。目の前にあること、やるべきことは、誰かを愛することやわかり合うこと、妥協すること、デートすること、セックスすることではなかった。

生きるために仕事を必死でやる。仕事は恋愛とは違って楽だった。努力をすればする分だけ、目に見えて成果が得られる。恋愛をすることで成果を得たいわけではないけれど、それでも何かしら対価を得たい自分がいるのも本当だ。傷つけたり、傷ついたりすることはどちらかといえばネガティブで、マイナスだ。であれば、プラス要因を追いかけたい。一番わかりやすくて単純で手頃なのが仕事だったってだけのこと。それだけ。何も欲しいと思わない。誰かに認められたいなんて思わない。世界は最初から自分のものだから。これから大嫌いな季節が来る。全ての感情を押し殺して、目の前のやるべきことだけをやっていきたい。

 

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初恋

世の中の多くの人は道に生えてる花に興味を持たない。

毎日少しずつ変わる日常に対して自分の中の当たり前や常識を当てはめて生きている。そして、その当たり前や常識は多くの人が同じように考えていることと被っているので、自分たちが普通だという考えがどんどん固くなっていく。自分たちの考えから少しでも逸脱した人がいれば叩いて当たり前で、正すことが正義だと思っている。そんな世界だから、ありのままの自分で生きることはとても難しい。普通とか正しいって言葉を簡単に使ってくる人から逃げるのはとても大変だった。

容赦しない夏の体温が、おれの体に伝染して発汗する。準備をすることが間に合っていないのに到着した季節はジリジリと心も体も傷つけてくる。
外にいると熱気にやられて何もしたくなくなるし、恋愛のことも仕事のこともどうでもよくなってくる気がする。誰かに愛されることや幸せを追い求めてる足が止まる。自分に優しい言葉を差し出してくれる友達だけに連絡をする。きっと一生返ってこないDMを待ち続けるのはあまりにもアホらしい。それでもどこかで期待している自分がいるから、あの人のツイッターをリムーブしてはじめて本来の自分と向き合うことができた。

全部をわかってほしいなんてのは無茶だ。だから、少しずつでいいからお互いを理解する努力をしようよ。春の新宿御苑で手作りのお弁当を食べて、夏には立ち飲み屋で瓶ビール飲んで、秋になったら上野動物園で冬眠前の動物を見て笑って、冬は冷たいシーツの上で2人で眠りにつこう。毎日楽しいなんてのは幻想だし、悲しい時も寂しい時もあるのが当然だから、その度にお互いを愛することを忘れずに、これからも寄り添うための会話をしよう。何かいいことがあった日はコンビニでケーキを買ってお祝いしたいじゃん。一緒にお味噌汁を食べることも、缶チューハイを飲むことも、2人の間に訪れた突然の沈黙を愛することも、もう叶わないことだって思うと、指先が少し冷たくなる。

過去を振り返ることは簡単だし、思い出はいつだって美化される。だからこそ、今の自分と向き合って、幸せになる為の努力をする。幸せは向こうからは歩いてこない。自分で掴みに行くしかない。愛も恋も少しは前よりもわかってきた。昨日よりも今日幸せになるために、生きていく。

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湿った夏の始まり

夢の中で問われている。本当の幸せとか愛とかについて。いつも答えられないまま夢は終わるけど、起きた時にきっと真面目なおれはなんとなくそこらへんの言葉を拾ってそれとなく模範解答に近い回答をするだろうと思う。もちろん誰かを理不尽に傷つけながら。案の定無意識に。
自分がなんの病気なのかは忘れたけど、東京に来てから病院に行くのをやめたし、薬もやめた。1日が早くすぎるような感覚が続いていて、1人だけ1週間先の世界を生きている気がした。実際は2.3日の間のことがとっくの昔に感じられる。そんなに生き急いでどこに行きたいのかもわからないまま、走り続けるだけの毎日が続いていた。休むことなく。本当の幸せとか愛とかについて考えれば考えるほどバカらしくなって、文壇を遠ざけるようになった。目の前にある酒やタバコを追いかけて、手が届く範囲の小さな罪を犯している。最近のことのように感じられることだけど、きっと過去からそういうことをし続けている。自分の中にもう1人の自分がいて、実際の存在するところの自分は見ないようにしているだけなんだと客観的に、ある時気がついたけど、その頃にはもう遅くて、おれの心は真っ黒だった。汚れてしまったものを何度も洗おうとしたけど手遅れで、全然綺麗にならないソウルジェムは関わっていても時間を浪費するだけなので、走り続けるだけの毎日のどこかにそっと置いてきて、今は遠い遠い道のりの途中にある。もう取りに行くことはできない。すなわち空っぽになった傀儡のようなおれは疲れも忘れてひたすら前だけを見ていた。心の中に降っていた雨や長いトンネルは今はなくて、まっさらな更地、砂漠のような場所、炎天下を汗も流さずに直向きに走り続けている。何も感じなくなった世界ではアルコールで出来た川が流れていた。その川で顔を洗い、喉を潤し、また走り続けるのだ。
幾度となく訪れる、こんなことをしていてごめんなさいという感情。お母さんごめんなさいという気持ちはあまりにも数が多すぎて謝りきれなくなってしまった。それまではそこいらに散らばっていた言葉の破片も在庫が尽きてしまったようで、砂をすくい取るような感覚が目の前を通り過ぎた。言葉が溢れてたまらないから書いていたブログも言葉が溢れなくなった今は枯渇したキャンバスで何も描くことはできなくて、ただのインターネットの一部になっていた。誰かが覗くことを実は望んでいたし、誰かに何かを言ってもらえることを待っていたことを改めて気づくが、それも数分、数秒のことで、その時が経ってしまえば手の届く範囲のことしかできなくて笑えるし、情けないとも思う。どんなに喚いてのたうち回ってもこの場を離れることがなければ、誰かが助けていてくれていたけれど、本当の本当の自分は誰にもわからないことだし、自分で解決するしかないわけで、でもそんな気力もないからアルコールの川で水浴びをしたりして見て見ぬ振りをする演技を延々と繰り返して今日になる。素知らぬ顔で健全な毎日を演じているが犯した事実は決して消えることはない。誰かが見ているし、巻き込まれた人たちはきっと一生忘れない。輝かしいことだけをInstagramに刻んでいても、実際のところソウルジェムは真っ黒だったし、心は遠くに置いてきてしまった以上救いようがない。エニエスロビーでCP9がニコロビンに接触した時のように、どこかで今の現実が終わる時がくる。そうなった時に体を張って助けにきてくれる人がいるのかどうかはわからない。脳はとうに溶けているから。2018年25歳になる年の湿った夏の始まりは、今日この瞬間、開幕された。

東京

今、この瞬間、一瞬一瞬を切り取っていると世界があまりにも鮮やかで目を開けていられない。目を瞑ると脳の中で魚が泳いでいたり、腕を沢山の槍で突き刺される映像が見える。怖いとか気持ち悪いとかじゃなくて、単純に自分の本体が別の場所で息をしているのではないかと錯覚を起こす。事実、毎日は平行線を辿っているようだった。全て、自分の人生であることに変わりはないはずなのに。どうしてだろうか、シナリオ通りにいかない世界に腹を立てている自分がいるのに後ろを振り返ると屈服している自分がいた。お腹を壊してずっと動くことができないような日々を歩きながら、いつかこの腹の痛みが取れる日を待ちわびている。気がついたときには目の前は真っ赤な海で覆われていた。ここには誰もいない。誰もこれない。そうして生まれた愚痴や嘘で塗り固められた虚像が今のわたしを形成してやまない。心の中で降る雨をどうしたら止めることができるのかという妄想をしている。シャーペンの芯を出すだけで1日は終わってしまう。いつになればこの妄想から救い出してくれる。現世は罪。篩にかけて下に落っこちるのがおれだ。もうわからないという感想に尽きる生活で、全てに対して飽き飽きしているのかもしれない。他人には普通に生きていることに違和感を感じさせてしまう。そもそも普通って何。明日が来るのが怖いなら、明日を殺してしまおうね。もうここでは得られるものが何もない。それが東京だった。

水鏡

4月に異動をして、一気に心がバグった。酒があまり美味しいと感じなくなった。また始まったのかと思う疲弊を愛する日々にあたかも自分が被害者のような面をして毎日本社に向かっている。満員電車も40分電車を乗ることも初めてで、それだけでなんだか疲れてしまっていた。何の気もなしに水曜会社を休んでしまったのはおれが悪いんじゃないって必死に否定して、社会のせいにした。部屋で1人でいると頭がおかしくなるのは前からのことで、何かを買うか何かを捨てるかしていないと気分が優れない。会社からもらった謎の巨大なお菓子を捨てると甘い匂いがした。たった一本のタバコを吸うだけの時間がどこにもなくて、今日も喫煙所を探している。部屋でタバコを吸っていると苦情が入るから、プルームテックを明日見に行こうと思う。

もうずっと同じことを繰り返していて、誰かに愛されたくて、誰かを愛したくて寂しい毎日だけが過ぎ去って行く。誰かを理解することが苦手でどうしようもない。付き合うということが不得意なんだと思う。酒を飲んでその辺の男とするセックスはただただ虚しくて、悲しくて、現実が槍になって体に突き刺さる。手首を切ることをすれば明日が虹色に輝くのかな、なーんて馬鹿馬鹿しい。自称行為はアナルセックスだけで充分だ。

文章を書くことはおれにとっては苦痛でしかなかった。いつでも吐き出せる場所ってことはない。自分をすり減らしてものを書いている。この体がちぎれてしまう前にどこかに残しておきたいと強く思う、ただのオナニーと一緒だった。感じたことや考えたことが消えてしまうのがとてつもなく怖かった。どうして24年も生きているのに自分に残ってるのは数少ない思い出ばかりなんだろうと思う。付き合った人の顔、どんどん忘れて行くんだろうと思う。あの時確かにあの人のことを好きだったはずなのに、その記憶がどんどん薄れていくのが怖い。なんて自己満足でわがままなんだろうとおもうけど、それでも怖いのは自分が大切だからなんだよ。自分を大切にしたい。大事にしたい。いろんなどうでもいいこと、つらいことから守りたいだけなんだよ、おれは。

そして始まった東京での生活。絶対に今度こそ幸せになってやる。

道程

這い上がる水は金色の、今までのそれとは全く別の色を模していた。
おれたちの永遠、おれたちの一瞬。一緒にしてきたことはすぐにパァになったもんだから、笑えてくる。
今までも経験してきたこと、わかっていたこと。1人で勝手に盛り上がって鎮火する。1人で家にいると頭がおかしくなりそうだから、なるべく外に出るよう努力をする。人、すれ違う人、友達、人人人。誰かを求めているのが見え見えで、全くもって美しくない。汚い感情と汚い容姿だけが跡になる。鏡の中にいたのは肌荒れをした、クマがある少し太った目が死んだ男で、毎朝その顔を覗くたびに全てを壊したくてたまらなくなる。
毎日必死に生きようと努力をする。仕事も恋愛も。両方とも頑張ろうとするなんて無理なのかもしれないと何度も嘆く。諦めることはいつだって簡単なのはとっくの昔に知っている。いつまでたっても手に入らない本当に本当に欲しいものは手を伸ばせば伸ばすほどに遠のく。怖くてたまらないけど、壊れる瞬間を愛しているのも事実だ。誰だって自分の人生で自分が主人公のはずなのに、目の前に悪役が多すぎて一振りの正義じゃ何も救えない。自分のことも救えないのに、誰かを救うなんて、誰かを愛そうなんて、絵空事なのかもしれないね。今まではそれでもいいや、自分は自分だしって、思いを重ねて、その度に過去は振り返らないようにしてたけど、もう今年25だし、そろそろ過去を振り返って勉強しないといけない時が来たのかもしれない。誰かを振り回すこと、誰かに振り回されること、そんなことが起きるたびに疲れているのかもしれないね、でもそれが楽しいんだろうね、どうして、おれはこんなに頭が悪いのかって思うと笑うこともできない。前に進もうとするのは簡単かもしれないけど、誰かを愛していたという記憶は確かに”そこ”にあったんだよね。もうわかるよね?

 

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