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酒と音楽が好きなゲイのブログ

恋は朝に

食器用洗剤のボトルを押して、手を離したら、プスッと音を立てて、何個かのシャボン玉が空へ飛んだ。虹色の小さな水晶。フライパンを洗う手を止めて、一瞬だけ見入った。このフライパンで作ったものをあなたがもう食べることはないのだと思う。散々なことがあったはずなのに、どうして、なぜ、今になって、また、あなたの影を探そうとしてしまう。冷たい檻に閉じ込められた思い出が、わたしの中でフツフツと湯気を立て、外へ出ようと蠢いている。見て見ぬ振りし続けるのでは学習能力が足りていないし、切り捨てるにはあまりにも非情だったから、きっと優しいわたしはどうすることもできずにめんどくさがっては干上がりそうな海にドンブラコと流してしまえないかと挑戦する。

ワンシーズン毎に恋人が変わっている気がするのは気のせい。一番楽しくて、美しかったところだけを切り取って、ラミネートされたカード。覗き込んで冷えた指先はとうに何も掴めないほどに、かじかんでいる。あなたが好きだったジャガイモのグラタンも帰りを待っている間に作ったポテトサラダとオムライスも、また食べたいと言ってくれたナポリタンも、もうきっと口にすることはない。LINEの友だち欄からそっと消すことを悩むなんて、そんなことにいちいち気を使うなんて、アホらしい。けれど、どうして、少しだけ寒くなる春の日に冬を重ねてしまうのかな。

 

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来了

冬の轟音に体を開くこともできず、耳を塞いで春が来るのを待っていた。一つのことに集中しているとどうしても神経が切れた時に両手を広げて真実を受け入れることができない。新しくなることはそういうことに近い。次回、悲しみの出現時に迎え撃つことができるのかどうか、無機質で平坦なことを考える日々に終止符を何度も打つから、いつしか結果は経過なんだと実感する。この身がいつか朽ち果てるかどうかの問いを解答しようと方程式をいくつも組み合わせて顔を上げることができない。目を瞑れば見えなくなるものも耳がある限り聞こえてくる。いくつかの真実と現実を更新して、夢の中で思い出と出会い、そうしてようやくやってきた明日と思っていた決定的今日は瞼を焦がすほどに痛々しく、悲哀の束縛からは解き放たれた。

 


理解されるも理解されないもどうでもよくて、無印良品をベースにしている男でなければ、一緒に歩きたくないという理由だけで振ってしまうのはバカバカしい。血液型がB型だからとか高学歴だからとかそんなことは本質的に重要ではないことに今更気づく。数々の条件を設定して苦しめているのは自分自身。『じゃあ、どういう人が好きなの?』この問いかけが。最も厳しい。どうやらそんなことはわからなくて、"家族"に似た何か、絶対的安心を他人に求めている気がする。しかしながら、いつものように気分屋でバカでどうしようもない。あんなにも近くにいたはずが、今では繋がりなんて、この空だけ、そんなことが突然自分の身に起きるなんて、これっぽちも想像していないのである。

本当本気の意味でステップを踏むためには何か新しいことをしたかったんだ、ただそれだけ、あとはなんか可愛いからやりたい。その衝動がまだ生きてるだけで、現世にいる価値はある。全てのことはわたしが決める。誰がなんと言おうと。オリンピックまで待てない。

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悪口

夢から覚めた瞬間、自分が夢の中にいるのか、現実にいるのか一瞬わからなくなる時がある。0.何秒みたいなのを経て、ああ、ってなんとなく、現実ってこんな感じだったなって、見上げた天井から事の顛末を理解する。

 


海の底をモゾモゾと動きながら生活しているような日々は突然終わりを告げた。前に進みたくて、やり直したくて、ごめんなさいがしたかった日々。何がマズかったのか、自分と何度も会話をしていた日々。毎日、何を見ても悲しかったし、何を見ても思い出す、好きな人のこと。1ヶ月ばかりが過ぎ、突然終わった"それ"はなんだか終わって仕舞えば呆気のないもので、どうしようもなく好きだった、あの好きという感情がどこか遠くへ行ってしまったようだった。

 


別れるという最悪のエンディングを何度も回避する為に、来たるX DAY(きちんと会って話をする日)に向けてぐちゃぐちゃになったプリンみたいな心をなんとか形にしようと粘土をこねるように毎日努めた。どこにいても、何をしていても思い出す彼の面影に、時折腹を立て、時折悲しくなり、挙げ句の果てに夢の中で楽しい日々の映像が流れたので、気が滅入った。会社では情緒不安定が顕著になり、昇格試験も落ちてしまい、いよいよ何も残らなくなったところで、友達の偉大さにようやく気づく、本当にこれに関してもどうしようもなく、阿呆でしかない。25年生きてきて、自分のことをわからないのだから、死んでもてめえのことはわかんねえだろう、というようなことを言われて、とても安心した。

 


2月は、なんだか、そんな季節だった。

 


あれほど最悪なことにならないことを望んでたはずなのに、別れた後に訪れたのは喪失でも悲哀でもなくて、安堵だった。回答を待ち続け、苦しみ続けた1ヶ月から解放されたということに対し、だらしがない自由があって、おれはそれを簡単に受け入れた。

 


けれど、きっかけはどこにだってあって、ポストに合鍵が無言で突っ込まれてたのを見て、一発で喜怒哀楽が暴走した。鍵が入っていた茶封筒も、あなたが置いていったマグカップも、あなたがくれたスニーカーも、なにもかも見たくなかった。なにもかも。

マグカップは酔った勢いで、玄関先で思い切り割って捨てた。

全てを処分した後で、海底から地上に浮かび上がった時に、ただ疲れたと思った。単純に疲れた。

 


誰と戦ってるの?

 


よく聞かれる。色んな見なくてもいいものを相手にしすぎだってことは知ってる。けれど、見て見ぬ振りできなくて、考えてしまうし、頭の中はいつでも思考と言葉でいっぱいだった。

 


疲れた。本当に。

 

 

 

もっと話そうよ。目前の明日のことも。テレビ消して、私のことだけを見ていてよ。

 


それが伝えたかっただけなのにな。

 

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laughter in the dark

家にいると息がつまるし、熱がでているわけでもないのにボーッとする。

部屋にある、あらゆるものが目に入ってきては、それまでの幸せの日々を思い出して、悲しくなる。どこで間違えたのか、あの日、あの時、あの瞬間に戻ることができれば。無茶なことばかりを考えて、再び悲しくなる。

 


"お前はいらない"そんなこと言われたわけではないのに、言われたような気がして、ズブズブする。起きているのか、寝ているのかもわからない。空腹の感覚を忘れ、生きるために仕方なしにその辺のものを食べている。何を食べても段ボールを齧っているような気がした。

3日で3キロ痩せて、喜怒哀楽、様々な方向に鋭敏だった心の在り方が少しずつ壊れ始めた。仕事をしているときは他のことに集中できるから、だいぶ助かっている。何をされても平気、何が何でも達成する。確実に仕留める。そんな感じで仕事をしているもんだから、周囲がわたしの異変に気がつき始めた。いろんなことがどうでもいい。ただそんな感覚がしばらく続いていた。

 


街へ出れば、駅の改札で待ち合わせをしている家族や老夫婦を見る羽目になり、他人の幸福に吐き気がするようになった。不幸なことに街はバレンタインのシーズンで。余計にわたしを傷つけ、戒め、考えさせた。

 


元来、感情のコントロールが下手くそな人間ということを25歳になって、改めて思い知らされる時がくると思わなかった。もう文章もはちゃめちゃだし。何をすれば、どうすれば、この感覚から解放されるのか、そんなことを考えて、考えて、夜、雪の中を1時間歩いて、電車のホームの隅でしゃがんで号泣した。空から降る白色が黒い海に落ちては同一になる。どうか。どうか。元に戻れますように。そう思いながら、合わないパズルのピースを必死に当てはめようと、何度も何度も試みている。

VOID

この曲を聴くと、あの時、あの瞬間、あの季節、あの気温、あの匂いって思い出すことがある。気がつかないうちに、その時よく聞いていた曲を思い出の栞にしていた自分に虚しくなるし、笑えてくる。

 


もうオモテを半袖ではとっくに歩くことができなくなってしまった。コートを着て、電車に乗り、イヤホンを耳に当て、曲を流した瞬間、そんなことを思ったから、2ヶ月ぶりに筆を取ることにした。

 


9月は恐らく寂しかったんだと思う。8月に好きだった人と何回目かのデートで何気なくカラオケに入って、キスをしてしまって以降、その人とはなんとなく連絡を取ることがなくなって疎遠になった。それからしばらくして、9月になって、いつものように前触れもなくアプリで知り合った男とデートをして、対して面白くもない会話に耳を傾けるふりをする為にタバコに火をつけて口を塞いだ。そのうち、色々めんどくさくなってセックスするようになると、いつものように自分がとんと惨めに感じた。

 


一緒にお酒を飲めるから、この人とはただなんとなく会うけど、この人の好意に真剣に向き合えないくせに、贅沢な人間だと自分を罵ったこともあったし、他人が自分に時間を費やしてくれているんだから、なんとかいいところを見つけて好意に応対しないと、と鼓舞している自分もどこかにいた。

全てが真実のように感じるし、全てが妄想かもしれないように感じる。夏の終わりに自分が何を思っていたのかなんて、今考えてみたらわからないことの方が多かった。

ただ、もう恋愛のことはしばらく置き去りにして、どこか遠くへ行ってしまいたいと思う気持ちがそこにあったのは、確かに覚えてる。たしかに。

 


その時何を思っていたかとか何を考えていたかとか、感覚や空気、匂いや温度を記録していたかった。だから、文章をちまちまと書いては時たま読み返していた。大抵の自分の文章は繰り返しの作業をひたすらしているように思えた。2015年の10月も2016年の10月も同じようなことを考えて、同じような出来事に直面していた。それはきっと、同じ季節になるたびに、同じような出来事に直面するのではなく、同じような出来事を自ら呼び込み、遭遇するように、知らないうちに行動していただけなのだと思う。ただ、その時々で自分以外の自分の周りの登場人物が変わっているだけだった。そんなことに気がついてしまったら、あと数十年、きっと同じことを繰り返す自分がいるのかもしれないと察して絶妙なタイミング(冬)で落ち込んだ。

たとえ、同じような出来事が同じ10月にこなくても、11月とかには来る。たまたまそれは歯車が掛け違った脳のミスだと思う。

14歳も17歳も24歳も、確実に同じ迷路を攻略しようとして、しかも、攻略したつもりで、また同じ迷路をクリアしようと同じエリアに帰ってきてる。結局、学習してない。前に進もうとして進んでいない。周りの風景がどんどん変わっていくような気がするのは自分が成長しているのではなく、周りが進んでいるだけで、自分はずっと同じ場所にいるのかもしれない。

 


社会人というものは卒業のような分かりやすいゴールがない。だからこそ、余計に怖くて仕方がない。進化しようと努力しているように見えて、進化も退化も出来ず、停滞しているだけだとしたら、わたしは。

 


end.

 

 

 

 

手紙

世の中は呪いで出来ている。誰かにかけられた呪いを背負って生きている。わたしも誰かに呪いをかけている。

いきなり秋になったその日、コートを着て出かけた。街は水飴。『透き通るように澄んだ空気』そんなのはどこにもなくて、排気ガス二酸化炭素、ゲロ臭い電車、酸素と海とガソリンとたくさんの気遣いを浪費してる世界で、ただ一人、自分が主人公の人生を編んでいた。

誰かに何かを預けることはとても楽だし、自分を見失うことはとても簡単だった。ある一定の条件を満たすことができれば、好き同士になれると勘違いしている自分がどこかにいて。けれども、その条件は更新されるということを知らない自分がいた。だからこそ、誰かを愛そうとしても失敗して相手を傷つける。どうにかしたい自分がいる一方で、今すぐこの場で何もかもをぶち壊したい自分がいる。恋愛よりも友情を取るのか、なんて質問は馬鹿げているから、問われたくないし、もちろん回答もしない。

寂しいや、悲しいという気持ちを瓶詰めにして、蓋をしてしまえば今自分がいる座標がわかりやすく現れ、コンパスが次行くべき方向を指し示してくれる。目の前にあること、やるべきことは、誰かを愛することやわかり合うこと、妥協すること、デートすること、セックスすることではなかった。

生きるために仕事を必死でやる。仕事は恋愛とは違って楽だった。努力をすればする分だけ、目に見えて成果が得られる。恋愛をすることで成果を得たいわけではないけれど、それでも何かしら対価を得たい自分がいるのも本当だ。傷つけたり、傷ついたりすることはどちらかといえばネガティブで、マイナスだ。であれば、プラス要因を追いかけたい。一番わかりやすくて単純で手頃なのが仕事だったってだけのこと。それだけ。何も欲しいと思わない。誰かに認められたいなんて思わない。世界は最初から自分のものだから。これから大嫌いな季節が来る。全ての感情を押し殺して、目の前のやるべきことだけをやっていきたい。

 

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初恋

世の中の多くの人は道に生えてる花に興味を持たない。

毎日少しずつ変わる日常に対して自分の中の当たり前や常識を当てはめて生きている。そして、その当たり前や常識は多くの人が同じように考えていることと被っているので、自分たちが普通だという考えがどんどん固くなっていく。自分たちの考えから少しでも逸脱した人がいれば叩いて当たり前で、正すことが正義だと思っている。そんな世界だから、ありのままの自分で生きることはとても難しい。普通とか正しいって言葉を簡単に使ってくる人から逃げるのはとても大変だった。

容赦しない夏の体温が、おれの体に伝染して発汗する。準備をすることが間に合っていないのに到着した季節はジリジリと心も体も傷つけてくる。
外にいると熱気にやられて何もしたくなくなるし、恋愛のことも仕事のこともどうでもよくなってくる気がする。誰かに愛されることや幸せを追い求めてる足が止まる。自分に優しい言葉を差し出してくれる友達だけに連絡をする。きっと一生返ってこないDMを待ち続けるのはあまりにもアホらしい。それでもどこかで期待している自分がいるから、あの人のツイッターをリムーブしてはじめて本来の自分と向き合うことができた。

全部をわかってほしいなんてのは無茶だ。だから、少しずつでいいからお互いを理解する努力をしようよ。春の新宿御苑で手作りのお弁当を食べて、夏には立ち飲み屋で瓶ビール飲んで、秋になったら上野動物園で冬眠前の動物を見て笑って、冬は冷たいシーツの上で2人で眠りにつこう。毎日楽しいなんてのは幻想だし、悲しい時も寂しい時もあるのが当然だから、その度にお互いを愛することを忘れずに、これからも寄り添うための会話をしよう。何かいいことがあった日はコンビニでケーキを買ってお祝いしたいじゃん。一緒にお味噌汁を食べることも、缶チューハイを飲むことも、2人の間に訪れた突然の沈黙を愛することも、もう叶わないことだって思うと、指先が少し冷たくなる。

過去を振り返ることは簡単だし、思い出はいつだって美化される。だからこそ、今の自分と向き合って、幸せになる為の努力をする。幸せは向こうからは歩いてこない。自分で掴みに行くしかない。愛も恋も少しは前よりもわかってきた。昨日よりも今日幸せになるために、生きていく。

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